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蝗害となっていたかどうかは

蝗害となっていたかどうかは分からないが、アメリカモンタナ州のベアトゥース山 の山岳氷河には、1130年代に風に飛ばされてきたと見られるロッキートビバッタのおびただしい死骸が残されている。

1819年にはミネソタ州を襲っており、地面に10センチ以上ものバッタが積もったことが記録されている。

1870年代には北米のグレートプレーンズをロッキートビバッタが襲っており、その数は当時の計算によると1240億匹以上である(ただし、現在の研究ではせいぜい600億匹と見られる)1874年には最悪の被害をもたらしているが、1879年を最後に大規模な群れは観察されていない。ロッキートビバッタ自身は絶滅したと考えられている。

日本の古文献でも「蝗害」について報告されているが、そのほとんどがいわゆる飛蝗(バッタ科)によるものではなく、イナゴ(イナゴ科)、ウンカ、メイチュウなどによるものと考えられている。狭い日本の土地では、バッタ科のバッタ(日本の場合にはトノサマバッタ等)が数世代にわたって集団生活をする条件が整いにくいため、飛蝗による蝗害は限定した時代・地域でしか発生していない。
古文献から、関東平野などでトノサマバッタによる蝗害が発生したことが推察されている。
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近代になって明治時代から昭和初期にかけて、北海道の開拓地でも生じている。開拓に伴う森林伐採によってそれまで存在しなかった広大な草地が生じたことが原因と考えられており、開拓地の放棄に至ったケースも多い。1879年(明治12年)には十勝を始めとする道南で、1880年(明治13年)に北海道の東南部で蝗害が報告されており、静岡で北海道開墾を目的に設立された晩成社が発生源を調査している。

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2009年10月19日 00:03に投稿されたエントリーのページです。

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