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日本民族の形成

大和民族が朝廷権力とともに勢力を拡大した後に「日本」という枠組みの原型が作られ、その後、文化的・政治的意味での日本民族が徐々に形作られていくとされる。もっとも、完全に同化されない少数民族は常に存在したし、「日本民族」というような認識(ナショナルアイデンティティ)が多数者に浸透していくのは日本における近代国民国家の成立期である明治時代ともいわれる。当時、西欧列強諸国が東南アジアを中心に植民地を広げている社会情勢から、国民の意識の統一を目指して列強諸国に対抗できる国にしてゆかなければならなかったとされる。

旧琉球王国地域については大和民族の一支族とする主張が伊波普猷などによって提起される一方、文化・歴史の違いなどを抽出して、独自の民族としての琉球民族とする考えもある。
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日本が近代ネーションステート(国民 / 民族国家)として朝鮮半島、台湾島、南樺太などを領有していた時代には、日本人という語は、公式には、朝鮮人、台湾人など日本国籍を付与された植民地の先住民族を含む国籍的概念であった。大日本帝国が多民族国家であることは強く意識され、現在の日本国民に相当する人々は内地人と呼ばれた。ただし、当該の先住民族の間では日本人が内地人と同義として使われることが多かった。

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2009年11月07日 13:56に投稿されたエントリーのページです。

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