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鐘楼

鐘楼
現在の鐘楼は1958年(昭和33年)の再建。旧梵鐘は1647年(正保4年)加藤清正の娘で、徳川頼宣の室となった瑤林院が寄進したもので、旧鐘楼が空襲で焼失した際破損したため、現在は再建された鐘楼の脇に保存されている。
経蔵(大田区指定文化財)
五重塔とともに、第二次世界大戦の空襲に焼け残った建物の1つ。1784年(天明4年)に建立。第二次大戦後、大堂再建に伴う旧宗祖奉安殿移設により、元の場所よりやや北側の現在地に移された。
宝塔(東京都指定有形文化財)
本殿から公道を隔てた西側、急な石段の途中の谷底に建つ。1828年(文政11年)日蓮の550回を期して成瀬侯により建立されたもの。宝塔とは、円筒形の塔身の上に宝形造(ピラミッド形)の屋根を載せた建築形式で、石造などの小規模なものが多く、屋外に建つ木造宝塔で大規模なものは珍しい。宝塔背後には紀州徳川家内室の墓所がある。
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池上氏館跡土塁
紀州徳川家内室の墓所西側に南北方向に走る土手があり、池上氏館居館部分の土塁と考えられている。徳川家墓所に面した土塁東側斜面の一部には、墓所造営に伴うと見られる石垣で覆われている。大田区教育委員会によると、宝塔及び徳川氏墓所、大坊本行寺を含む台地西側の谷一帯は、池上氏館の根小屋(居館部分)であり、土塁は根小屋に付随する遺構と考えられている。
松涛園(東京都指定旧跡)
本殿裏、朗峰会館北側に位置する。小堀遠州の作庭。1868年(明治元年)4月、西郷隆盛と勝海舟が江戸城明け渡しの会見をした場所。隆盛の弟西郷従道が揮毫した西郷・勝両雄会見碑が園内に残る。1991年(平成3年)に園内の改修が行われた。
根庵、鈍庵
陶芸家、大野鈍阿の旧宅を移築保存。

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2009年11月25日 01:07に投稿されたエントリーのページです。

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